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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)889号 判決 1984年6月28日

原告

鈴木弘

被告

津久井一敏

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一三七〇万四一六〇円及びこれに対する昭和五五年一二月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金二七一八万〇三七五円及びこれに対する昭和五五年一二月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、昭和五五年一二月一日午後〇時一五分ころ、普通貨物自動車(以下、「原告車」という。)を運転し、東京都港区港南三丁目一番地首都高速道路下り内側車線を、浜崎橋インターチエンジから川崎方面に向けて走行していたところ、反対車線である上り内側車線からセンターラインを越えて侵入してきた、被告津久井一敏(以下、「被告津久井」という。)が運転する大型貨物自動車(以下、「被告車」という。)に側面衝突され、更に原告車に後続してきた桑原義隆運転の普通貨物自動車にも二重に追突されたため、加療約一年六月を要する全身打撲傷、左関節挫創兼靱帯断裂、左脛骨骨折、右下顎骨骨折、胸部・腹部打撲傷等の傷害を被つた。

2  責任原因

(一) 本件事故は、全面的に被告津久井の過失によるものである。すなわち、高速道路においては、多数の車両が非常な速度で間断なく走行するため、僅かな運転ミスでも大事故を惹起する危険が存在するのであるから、同被告としては、自車が走行車線を外れぬよう的確なハンドル操作をなすべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つたため、ハンドルを右に取られて突然車体が右に寄り、同時にセンターライン部のガードレールを突き破つて原告車の走行する反対車線に侵入したものである。原告としては、突然原告車の直前に被告車が侵入してきたため、ブレーキをかける間もなく衝突されてしまつた。前記桑原においても全く同様の事情にあり、追突を回避する余地はなかつた。

したがつて、被告津久井は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告有限会社正起運輸(以下、「被告会社」という。)は被告車を所有し、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

本件事故により、原告は、以下のとおり合計金二七一八万〇三七五円の損害を被つた。

(一) 着衣損傷等 金九万〇八〇〇円

本件事故当時、原告は次のものを着用しており、いずれも事故のため使用不能となつた。

腕時計(セイコー・クオーツ) 金四万八〇〇〇円

ブレザー 金二万五〇〇〇円

ズボン 金九八〇〇円

セーター 金八〇〇〇円

計 金九万〇八〇〇円

(二) 入院雑費 金一六万八一〇九円

事故当日から昭和五六年二月二一日までの間、実費として金一六万八一〇九円の入院雑費を要した。

(三) 医師等への謝礼 金二万一二〇〇円

医師二名に対し、現金各一万円ずつを、看護婦に対し金一二〇〇円相当の菓子を、それぞれ贈つたので、計金二万一二〇〇円となる。

(四) 調度品購入費 金九万円

退院後原告が自宅において起居するため、次の調度品の購入を余儀なくされた。

肘掛椅子 金二万二七〇〇円

片肘椅子 金三万八四〇〇円

茶卓子 金二万八九〇〇円

計 金九万円

(五) 後遺症による逸失利益 金一九六四万九三二三円

(1) 本件事故後、原告は、第三北品川病院、平安クリニツク及び滝野川病院において前記傷害の治療を受けてきたが、昭和五七年五月二九日症状固定と診断され、同年七月三一日、後遺障害等級一〇級二号と認定された。

(2) 症状固定時における原告の過去一年間の推定年収は、原告の勤務先であつた株式会社クリステイーヌルネが原告の昭和五六年の月額賃金を金二七万円とし、同会社の他の社員の同年の夏期及び冬期の平均賞与率がそれぞれ一か月、一・九五か月であつたことから、金四〇三万六五〇〇円と算定される。

(3) 症状固定時、原告は満三七歳であつたので、就労可能年齢を満六七歳として労働能力喪失期間は三〇年であり、これに対応する新ホフマン係数は一八・〇二九三である。

(4) 原告の労働能力喪失率は、右のとおり後遺障害等級が一〇級に認定されていたので、労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号別表に基づき、二七パーセントと評価される。

(5) 以上により、原告の逸失利益は、金一九六四万九三二三円と算定される。

(計算式)4,036,500×18.0293×0.27=19,649,323(円)

(六) 傷害による慰藉料 金一八四万円

(1) 原告の入院治療期間は、事故当日から昭和五六年二月二一日まで(八三日間)と同年六月二日から同年七月三一日まで(六〇日間)の合計一四三日間であつた。

(2) 原告の通院治療期間は、昭和五六年二月二二日から同年六月一日まで(九九日間)と同年八月一日から昭和五七年五月二九日まで(三〇二日間)の合計四〇一日間であつた。

(3) 右(1)と(2)を相関させて考慮すると、傷害による慰藉料としては、金一八四万円が適当である。

(七) 後遺症による慰藉料 金三〇〇万円

後遺障害等級が一〇級に認定されていることから、後遺症による慰藉料としては金三〇〇万円が適当である。

(八) 既払金 金一五万円

原告は、被告車の対人賠償責任保険から、前記(一)ないし(七)の損害についての損害賠償の内金として、既に金一五万円の支払を受けている。

(九) 弁護士費用 金二四七万〇九四三円

右(一)ないし(七)の損害合計額から右(八)の既払金を控除すると金二四七〇万九四三二円となるので、弁護士費用をその一割とすると、金二四七万〇九四三円となる。

(一〇) 総計

以上により、原告の被つた損害の総計は、金二七一八万〇三七五円となる。

4  よつて、原告は、被告ら各自に対し、被告津久井については民法七〇九条に基づき、被告会社については自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故による損害賠償として、金二七一八万〇三七五円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年一二月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

(被告津久井)

請求の原因1のうち、原告の傷害の部位、程度は不知、その余は認める。同2(一)は争う。同3のうち、(八)の事実は認め、その余の損害の細目及び損害額は不知。同4は争う。

(被告会社)

請求の原因1のうち、原告の傷害の部位、程度は不知、その余は認める。同2(二)のうち、被告会社が被告車を所有し、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたことは認める。

同3の(八)は認め、その余は争う。同4は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1は、原告の傷害の部位、程度の点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によれば、原告が本件事故により原告主張のとおりの傷害を被つたことが認められる。

二  責任原因

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故は被告津久井が原告主張のとおりの注意義務を怠つたため発生したものであることが認められ、これによれば、被告津久井は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

2  被告会社が被告車を所有し、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していたことは原告と被告会社との間で争いがなく、これによれば、被告会社は自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三  治療経過及び後遺症

前掲甲第二号証、成立に争いのない同第三号証、原本の存在及び成立に争いのない同第四号証、原告本人尋問の結果により成立が認められる同第六号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は前記傷害の治療のため、事故当日から昭和五六年二月二一日までの期間(八三日間)及び同年六月二日から七月三一日までの期間(六〇日間)、以上合計一四三日間入院し、昭和五六年二月二二日から同年六月一日までの期間(一〇〇日間)及び同年八月一日から昭和五七年五月二九日までの期間(三〇二日間)、以上合計四〇二日間通院し、昭和五七年五月二九日症状固定と診断されたこと、原告は本件交通事故による後遺症として、(1)下顎部及び下唇部の痺れ感を伴う咀嚼機能と発声機能の障害(右歯で固形物を噛めない、冷たい飲食物と熱い飲食物の摂取が共に困難、咄嗟の発声が困難、など)、(2)左膝関節の知覚及び機能の障害(左膝関節が時により痛む、左膝関節痛のため正坐は困難、など)が残存したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

四  損害

進んで、損害について検討する。

1  着衣損傷等

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、腕時計(セイコー・クオーツ)、ブレザー、ズボン及びセーター各一点を着用していたが、これらはいずれも、右事故により使用不能の程度に損傷を被つたことが認められるところ、右着用品について原告が主張する価額は原告本人尋問の結果によればいずれもその購入価額であることが認められ、事故時の時価はこれよりそれぞれ五〇パーセントの減価を経ているものと見るのが相当である。そうすると、原告は、本件事故により、着衣損傷等として、計金四万五四〇〇円の損害を被つたものというべきである。

2  入院雑費

原告本人尋問の結果によれば、原告は事故当日から昭和五六年二月二一日までの前記入院期間中、入院雑費として計金一六万八一〇九円の支出をしたことが認められる。

3  医師等への謝礼

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による受傷の治療に当たつた医師二名に対し現金各一万円ずつを、看護婦に対し金一二〇〇円相当の菓子を、それぞれ謝礼として贈り、以上により計金二万一二〇〇円の支出をしたことが認められる。

4  調度品購入費

原告本人尋問の結果によれば、原告は事故当日から昭和五六年二月二一日までの前記入院期間のうち、昭和五六年一月の正月時に外泊許可を得て自宅に一時帰り、この間の原告の外泊上の便宜のために原告主張の調度品を購入したことが認められるものの、その後については原告が右調度品の使用を特に必要とした事情を認めるには証拠が不十分といわざるを得ず、そうすると、未だ、右購入費を本件事故と相当因果関係のある損害とまではいうことができない。

5  後遺症による逸失利益

成立に争いのない乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、原本の存在について争いがなく、原告本人尋問の結果によりその成立が認められる同第七号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和二〇年四月一二日生れの健康な男子で、本件事故当時、婦人既製服販売業を営む株式会社クリステイーヌルネに在職し(昭和五五年二月二六日就職)、販売・営業の業務に従事していたが、事故後欠勤し、症状固定前の昭和五六年九月初旬に一たん復職したものの、事故による受傷の心身両面での影響のため営業成績を思うように挙げ得ない等の事情により、結局同会社を退職するのを余儀なくされたこと、本件事故なかりし場合の同会社における原告の昭和五六年当時の賃金は、月額金二七万円と夏期(右賃金月額と同額)及び冬期(右賃金月額の一・九五倍)の二回の賞与とから成る、年額合計金四〇三万六五〇〇円と推定されること、原告は本件事故による後遺症として前記三のとおりの症状を残しているところ、これについての新宿調査事務所の昭和五七年七月三一日付け後遺障害等級事前認定は一〇級二号該当としていること、なお、原告は前記株式会社クリステイーヌルネの退職後、タクシー運転手の職に就き、昭和五八年には右就業による給与収入として年額金四五二万二四五七円を得ており、右金額だけで比較してみれば、これは事故前の前記推定賃金額をむしろ上回つているが、右は、原告が前記退職を余儀なくされたため、自己及び妻子の生計を維持する必要から、前記後遺症による制約をこらえながらも、これを冒して止む得ず稼働せざるを得なかつたことによるもので、以上によれば、右収入は必ずしも原告の客観的な労働能力をそのまま反映したものと評価するのは未だ当を得ないものであること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の各事実を総合勘案すれば、原告は、本件事故による後遺症のため、その事故前の労働能力の二〇パーセントを喪失し、かつ、右喪失期間は症状固定時(昭和五七年五月二九日)から一五年間と見るべきで、なお、原告の事故前の労働能力を基礎づける収入金額としては、前記推定賃金額(年額金四〇三万六五〇〇円)をもつてするのが相当である。

そこで、症状固定時から一五年間の原告の後遺症による逸失利益について、前記推定賃金額を基礎とし、これに原告の労働能力喪失割合を乗じた上、ライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して右症状固定時における現価を求めると、その額は金八三七万九四五一円となる。

6  慰藉料

前記認定による原告の傷害の部位・程度、入院期間及び後遺症の内容・程度等を勘案すれば、本件事故による原告の慰藉料としては、金四〇〇万円とするのが相当である。

7  損害の填補

前記1ないし6の損害合計額は金一二六一万四一六〇円となるところ、原告が被告車の対人賠償責任保険から右損害の内金として金一五万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、前記損害合計額から右既受領を控除すると、残額は金一二四六万四一六〇円となる。

8  弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、相当額の報酬の支払を約束していることは弁論の全趣旨により認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告らに対して損害賠償を求め得る額は、これを金一二四万円とするのが相当である。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金一三七〇万四一六〇円及び右金員に対する事故の日の翌日である昭和五五年一二月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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